「 シーズン20 」 一覧
斧を飾る男

「ライフスタイルは変化する」で書いたとおり、斧を振らなくなって5年以上になる。愛斧といえるグレンスフォシュの斧は、この5年の間、自宅の玄関に置かれたまま。
思い立って写真に撮ってみたがあまり面白いものではないな。斧は振るものであって薪を割るものだ。飾られるのが目的の美術品や調度品とは違うし、思い出の写真とか記念品を飾るのだとしたら、ついに自分は斧を飾る男になってしまったのだなと思い、ふん、と笑えてしまう。
いつか薪を割ろうと思う。少しでいい。たぶんやれる気がする。

薪ストーブの過乾燥4

以前、「薪ストーブの過乾燥」について書いたことがある。薪ストーブで暮らし始めてまだ3年目の頃だ。
当時の記事を要約すると、吹き抜けのある広い空間で過乾燥をただちに解消する(湿度50%以上にする)のは設備も電気代もかかるし簡単なことではない。とするなら無理なく自然に任せる姿勢で暮らすのが現実的ではないか。人は環境に慣れていくものだ。てな感じ。楽観的すぎるし、お手上げ状態にも読めるね、笑。
さて現在だが、「ライフスタイルは変化する」でも書いたように、職を辞してから自宅療養がメインで暮らしていて、すると薪ストーブの過乾燥が毎日の切実な問題になってきた。これまで一日の半分は仕事に行ってたからそれほどでもなかったが、今はずっと家にいて湿度24%〜28%の中にいる。これが24時間毎日だ。さすがに辛い。体調に異常を感じてしまうほどだ。
「過乾燥の原因は加湿量が不足しているだけ」だから「十分な加湿量を確保すれば解消できる」という理屈になる。つまり、家の中に「できるだけ多くの水分」を存在させることが最も有効な解決方法だ。薪ストーブにヤカンから始まって、濡れタオルや観葉植物、洗濯物、たらいに水、大型加湿器を何台も購入、果ては炉台に水、部屋のなかに滝、に至るまで、「どこまでやるか、どこまでやれるか」という話になる。そこはもう、自分んちに合わせて自分ができる「できるだけ多くの水分」を講じていくしかない。
私の場合、20年目でどうなってるかというと、結局のところ、子ども部屋で使っていた350ml/hという小型の加湿器(気化式)が1台がフル回転するのと、洗濯物と濡れタオルを干す、という現実味と生活感に溢れた対策をしている。とくに、使い古しのバスタオル4枚と巨大なタオルケット2枚を自転車操業のように濡らして干し続けている。巨大なタオルケットは手で絞るのは疲れるので洗濯機で数秒脱水して干す。すぐ乾くので1日2回くり返すのが毎日のルーティーンになった。あと、10畳サイズの灯油ファンヒーターがある。灯油1リットルが燃えると約1リットルの水分が発生するというから、これも加湿器の役目を果たす。もちろん薪ストーブにヤカン、そして煮炊きもする。風呂も開けっ放し。また、以前のようにアンコールをガンガンに焚き続けることをしないのも役立ってるだろう。室温を上げれば上げるほど過乾燥は進むからね。
これらいろいろやって、湿度はようやく30%後半。薪ストーブのあるリビングは30%前半までしか上昇しないけれど、2Fは最大で40%に届く。早く大型の加湿器を買ったらどうだというツッコミが聞こえるが、いずれ買うことになるだろうと思ってる。いつまでも若い頃のようにはいかないからね。
追記だ。

この温湿度計は本体と子機合わせて4箇所の温度と湿度が測れる。ここで注目は屋外の湿度だ。82%もある。つまり私の住む街は、東京みたいにカラッカラに乾燥するところじゃないってことだ。だいたい冬場の平均湿度は70〜90%あるはず。だから薪ストーブで家の中が過乾燥でも、仕事や外出で一日活動してればトータルとして大した問題じゃなかったんだな。それが楽観的でいられた理由だと思う。薪ストーブと同じように、過乾燥の事情にも地域差があるんだね。
ところが書いたように、今はずっと自宅で過ごすようになって24時間が過乾燥なものだから、そうも言ってられなくなったんだな。東京や太平洋側の人たちは、街まるごと過乾燥なわけだから、そりゃあ大変なわけだ。理解したよ。
薪ストーブは今年も燃えるのです

薪を焚く暮らしをして20年。毎年いろんなことが起こって、同じ年はひとつとしてないのに、今年もやっぱり寒くなって雪が降って、いつもの年と同じように薪ストーブは燃えるんだろう。そうすれば私はせっせと薪を運んで、炎と温度計の推移を見ながら、ダンパーをガッチャンと操作して、赤々と燃える炎のゆらめきと、薪ストーブの暖かさに、楽しそうにしてる。
朝はまだ暗いうちから起きて、寝室の妻を起こさないよう、そおーっとアンコールのダンパーを開けてフロントドアをすうっと開け、炉内の灰を面倒みて、熾があればそれそれと集めて、その上に焚き付け材を組む。ドアガラスの汚れが気になれば、ティッシュを1枚2枚シュッととってキッチンでさらさらと濡らしたら、ガラスをひと拭きふた拭き。すっかりクリアになったところで、着火剤にマッチで点火する私は、今も昔も下から着火する焚き火スタイルだ。人よりたぶん多めの焚き付け材を使うみたいだから、燃える燃える、焚き付けに失敗することはほぼないんじゃないかな。律儀なんだろうか、少し笑う。
メラメラと燃え広がる様子を、炉台に座り込んで片膝立てて頬を乗せ、フロントドアの目線の高さでずっと見てる。観音開きのフロントドアから煙が漏れてくる前に、ドアを少し半開きに閉めたならば、その隙間から煙突が勢いよく空気を吸い上げて、炎はぐんぐん燃え広がっていく。
頃合いを見計らったところでこれでよし。フロントドアを閉めてドアハンドルをぐいっと回して密閉。外はまだまだ暗い。暗がりのリビングに炎の明かりがダンスを踊って、カーテンに映した赤い揺らめきに、知らない人は驚いて火事だと通報しないかしらん、少し心配、笑。私は相変わらず炉台に座り込んだまま炎を見てる。早朝なのでまた眠たくなってくるくらい。
あったかくなってくる。あったかくなってくる。頬が熱くなってくる。
あったかい。
毎朝こんな感じ。薪ストーブは今年も燃えるのです。幸せなことです。

20年目のホウロウレッドの天板

アンコールホウロウレッド#2550触媒機が、20年経つとこんな感じです、の画像だ。
ホウロウの美しさは変わらないけれど、ホウロウの剥がれは隠しようがないね。ホウロウは欠ける。そして剥がれる。私の場合は15年目あたりから目立って剥がれた。理由はただ経年によるもので、天板に鍋を置いて料理をしたり、やかんの湯をこぼしたり、そんな物理的な衝撃や荷重、日々くり返される急激な温度変化が、多くのダメージを与えるんだろう。
一時期、剥がれをパテで埋めて塗装しようと試行錯誤したけど、天板については絶対的にムダだった。あんなに見事に補修したのに、パテも塗装もシーズン中に1ヶ月もしないうちにすべて剥がれてしまったよ。もう二度と天板をパテで補修することはしない。むしろ天板はパテなどしないで、剥がれたままヤスリで磨いて、ストーブポリッシュやオリーブオイルを塗布した方が、違和感のない、味のある天板になると思う。
じゃあこのままホウロウは剥がれ続けて、もし仮に30年たったら全部剥がれてクラシックブラックになるのかって?笑
天板について想像すれば、剥がれるところは剥がれるけれど、残るところは剥がれる気配すらなく頑丈で、残ると思う。それでも天板の2〜3割は剥がれるかもしれない、そんな予想と覚悟をしてる。もちろんこれは天板についての話だ。天板以外の、フロントドアとかウォーミングシェルフとかは剥がれというより、「欠け」なのでパテで埋めて補修する余地はあるし、専用塗料も積極的に使えると思う。

まあ、私の20年目のアンコールを見て、こんなに剥がれるなんて許せない、と思う人はやはりいるんだろうか。人それぞれ。私は「暮らしていれば普通に起こる経年劣化」としか思わないけどね。新築の家が20年経って新築のままであるはずがないし、柱のキズといっしょ。こういうこと全部が私には暮らしだし、思い出でいっぱいだ。
思えば私も20年前にアンコールのホウロウレッドを導入する頃は、「ホウロウは欠けるよ〜」と何度も言われた。でも、じゃあホウロウはやめておこうと計算したことは一度もなかったな。もともとそういう性格なんだ。いいと思ったものは、いつの時代もいい。それは間違いじゃなかったよ。
シーズン20直前の準備

さて、本格的に寒くなったらいつでも薪が焚けるよう準備だ。我が家のアンコールといえば、残念ながらここ数年メンテナンスが後回しになっていて、炉内の灰も夏の間ずっと溜めたままだった。灰も湿気を含んで固まって変色してる。スコップですくって、一斗缶で回収だ。
ドアガラスはテッシュを水に濡らして拭くだけ。拭いて捨てるだけのお手軽そうじ。


気になるコンバスターはどうだ? スロートフードを外して目視したところ、コンバスター表面に灰が相当積もっていて、セラミックボックスもボロボロだ。毎度のこととはいえ、この惨状にテンション下がるけど、掃除機の細いアタッチメントノズルを慎重に突っ込んで掃除してみたところ、コンバスターの表面は思った以上に原型をとどめてる。いっか、これでよしとするよ。

本当はロアーファイヤーバックを外して掃除したいところだが、ここまで。アッパーファイヤーバックやスロートフードも熱で変形が進んでるけどまだいける。ダンパーやフロントドアの可動部分のファイバーロープもまだ使えるよ。
アンコール本体の汚れは、濡れ雑巾で拭く。天板にこびりついた黒い汚れは、料理の鍋や焼き物の吹きこぼれだが、スチールたわしと中性洗剤できれいにするよ。ホウロウは本当に美しいね。



次回はこのホウロウについて。
20回目のシーズン

私が自宅に薪ストーブ(アンコール#2550ホウロウレッド触媒機)を入れたのは2005年の夏のことだ。あれから数えて20回目のシーズン、2024年冬が始まろうとしている。
思えば「薪ストーブというものは100年保つんだ」、、そんな記事を90年代から2000年代頃の薪ストーブ雑誌で見た記憶がある。当時、薪ストーブに憧れる私にすれば、「シンプルで変わらない、重厚な存在感で、時代を超えていつもそこにいて、見守りつづける、燃えつづける、薪ストーブ」、、、なんて書いてあるものだから、心はまさに鷲掴み。目はハートマークになったものだった。今じゃ100年なんて信じないけどね、笑。20年でも奇跡だと思う。

20年目になる我が家のアンコールは画像の通り。天板のホウロウの剥がれが目立つね。でもホウロウの赤い輝きは健在だ。20年前と変わらない。掃除して濡れぞうきんでさっと拭けば、いつでもホウロウの美しさが蘇る。ホウロウレッドにして本当に良かった。20年たってもそう思う。
実はここ数年、がん治療のため薪ストーブを取り巻く環境が変化していて、自分でする薪づくりはやめてしまったように、シーズンオフのメンテナンスもほぼやってない状態だ。前回の煙突掃除もいつやったか覚えていないし、コンバスターがいまどんな状態なのか全然みていない。
とはいえ、このところ静養メインでのんびり暮らすようになったので、やれることは多いはず。少しずつ手をかけていこうと思う。20回目のシーズンのはじまりだ。
